
右からInstaChord代表取締役 永田雄一さん、かんぷれの開発をコーディネートするスイッチサイエンスから九頭龍雄一郎さん、高須正和さん。モニターに写っているのはスイッチサイエンスのらびやんさん。
高須
「ジミーとGOROmanさんの会合の時点では、M5Stackに電卓(のようなもの)を付けるだけなら簡単そうだから、やろうやろうとなったんですけど、その後、永田さんからさまざまな思いを聞いて、そこからさらに話が進んでいったんです」
永田さんのいない場所で突如始まったプロジェクトだったが、製品化への道筋が見え始めたことを歓迎しないはずはなかった。とはいえ、そう簡単にいくわけでもない。
永田
「ボタン1つでコードを弾ける、というおもちゃ的なものを低価格で販売するという選択肢もあるかもしれません。しかしM5Stackがベースになるならそれなりの価格にせざるを得ませんから、それに見合った機能と魅力が必要。この「魅力」作りにものすごく労力を割きました。結果的に、楽器が苦手な人からプロミュージシャンまであらゆるレイヤーの人が「楽しい」と言ってくれる製品が完成しました。」
ここで強い味方となったのが、らびやんさんだ。らびやんさんはM5Stackに精通し、彼が制作したプログラムは世界中のM5Stackコミュニティで高い評価を受けている。
そして、らびやんさんは大のインスタコードファンでもあった。自身のインスタコードはジミー氏にプレゼントして、改めて自分用のものを入手するほどインスタコードにひかれていた。
らびやんさんにとっても、今回のプロジェクトは個人的に思うところがあった。
らびやん
「スイッチサイエンスに(転職で)入社して、製品化の始めの時点から関わった最初のプロダクトとなるので、持っているものを全部つぎ込んでいきたいという思いもありました」
M5Stackの日本代理店であるスイッチサイエンスは、日本におけるM5Stackコミュニティの先導役としての役割も担っている。同社の取締役である九頭龍雄一郎さんはヤマハ時代に、学研の「ポケット・ミク」に搭載され、ボーカロイド(eVocaloid)をハードウェアで具現化したチップ「NSX-1」を用いた製品の企画や試作品開発にも携わった。電子楽器開発の第一線で活躍し、電子工作にも明るい九頭龍さんは、らびやんさんについてこのように語る。
九頭龍
「そもそも、らびやんさんがM5Stackでできることの可能性を誰よりも知っていて、それを信じていたからこそ、ここまでのものができたんだと思います」

自前のインスタコードを掲げるらびやんさん。オープンソースで公開しているLovyan LauncherやLovyan GFXは、動作の軽快さや描画の美しさなど、M5Stackとそのチップセットである「ESP32」の性能をフル活用したプログラムとして高い評価を得ている。
かんぷれならではの演奏体験を
永田
「(2023年の)8月に出会って、作るよ、年内に売ろうよ、と(ハードの部分は)どんどん話が進んで。でも中身がまだできてない。そこで電子楽器として必要な、MIDI周りのことが分かる人として、音楽系の電子工作作品を多数開発しているnecobitさんにも加わってもらい、どういった機能を盛り込むかを詰めていきました。一方、らびやんさんはヌルヌルした動きや画面レイアウトの効率化といったESP32の画面処理に非常に長けていて、そうしたUIの部分はもちろん、楽器の初心者目線、ガジェット好き目線での意見ももらい、らびやんさんが面白いと思うものを作ろう、というのが開発の1つの指標になりました」
その結果、かんぷれにはプログラマブルなアルペジエーターのような機能も搭載された。ロック、ポップスなど多数用意されたリズムやアレンジのプリセットに従い、ギター、ドラム、ピアノ、ベースをはじめ、最大6音色を指1本で同時に鳴らせるユニークな機能だ。インスタコードから蓄積されてきたKANTANコードなどの支援アプリを使えば、数字で書かれたコード譜で、既存楽曲の伴奏をアレンジも含めてすぐに演奏することができる。
永田
「他の楽器ではできないことをやりたいんです。一番の特徴である、ボタン1つ1つにコードが割り当てられているのはWEBアプリと一緒ですが、ドラム、バイオリンなど6つの楽器を(一緒に鳴るだけではなく、それぞれのパートに最適なアレンジで)同時に演奏できる。自動演奏できる楽器は他にもあるんですけど、同時に(音楽的に)“弾く”というのは、今までにない体験だと思います」
M5Stack採用のメリットは拡張性の高さ
かんぷれは、CoreS3 SEが同梱される「かんぷれフルセット」と、ボタンと各種ポートを搭載したドッキングベースであるかんぷれ Base 単体での販売が予定されている。かんぷれ Baseが正式対応するのはM5StackCore2, CoreS3, CoreS3 SE。これらの機種にはI2Cなど標準規格の拡張ポートがあり、Bluetooth MIDIなどにも対応しているので、オープンソースのファームウェアを誰かが書くことで、拡張ポートを通じた距離センサーやボタンとの接続など、様々な拡張ができる。また、そのためのチュートリアルが用意される可能性もあるとのこと。
M5Stack Basicや、今後発売される可能性のある新型や、その他の機種では「KANTAN MUSIC」システムを含む楽器としての『かんぷれ』としては動作しない。しかし、オープンソースで公開されたファームウェアを利用すれば、かんぷれBaseをM5Stackの拡張ハードウェアとして利用できる。また、誰かがプログラムを書けば、多種多様な外部デバイスにつながる可能性もある。つながるデバイスやプログラムの組み合わせによっては楽器以外の使い道もあるかもしれない。
かんぷれ Base側に搭載される音源部には、dreamの「General MIDI」音源チップを使用。楽器音の処理は専用チップで処理しているのでESP32のパワーを割かれることはなく、発音に遅延は発生しない。
もちろん、M5Stack側で音源部分の独自プログラムを書くことも不可能ではない(画像処理にかなりのリソースを割いているので、かんぷれのプログラムとの同居はかなりの高難易度となるが)。
最終形状ではBase側にステレオスピーカーと音声用の3.5mmステレオミニジャックを搭載。本体だけで音を出してすぐに演奏できるほか、ヘッドホンを挿したりラインアウトとして使用したりできる。Base側には独自のDACや加速度センサーも入っているので、MIDIのコントロールチェンジメッセージでエフェクターを操作する、ジョグダイアルや2つのロータリーエンコーダーでチョーキング、ピッチベンドする、フィルターを開け閉めするといったことも可能になる予定だ。
高須
「誰が言ったとかではなく、最初から、まあつまみはいるよねと。それを実際に何に使うかは、永田さんが考えていったんです」
永田
「そこには音楽が好きなジミーの思いも入っていて。ジョグダイアルをばねが入っているものにしたのは、ギターのチョーキングがしたいと言ったから(笑)」
また、USBポートやBLE MIDI、かんぷれ Base側のGrooveコネクタが備えるUARTポートに接続したMIDIインターフェースなどを通じて、外部MIDI機器との接続も可能。GroveコネクタはM5Stack側のI2Cポート用に加え、Base側にはUART、GPIO用の2ポートと、さらなるハードウェアの拡張が可能になっている。
これらのポートは、かんぷれプログラム上からも簡単にアクセスできるようにし、MIDIインターフェースや独自の操作用コントローラー(障がいのある方が普段使っているポインティングデバイスなど)を接続できるようにすることを予定しており、当初の永田さんの「誰でも弾ける楽器のさらなる追求」という思いを形にすべく、その操作性にも気を配っている。
永田
「M5Stack上でプログラミングしたシンセの音やマイクでサンプリングした音は、I2C経由で直接Base側のDACに送れます。Base に載せているGM音源の音もそのDACに送ってミックスして出力されるので、M5Stack側で生成した音もかんぷれUIで操作しやすくするようなプログラムにする計画です。また、らびやんさんはM5Stack公式ライブラリのプログラマーなので、この開発を機に汎用ライブラリとしてM5Stack公式のMIDIライブラリを作成しようかという話になっています。それらのライブラリを使えば、かんぷれUIと自作した音の連携もしやすくなると考えています」