なぜCardputerは世界で一番売れるM5Stack製品になったのか——英語圏で広がる「小さなコンピュータ」文化
M5Stackが、世界ブランドとして急速に成長しています。
M5Stackの人気が最初に火が付いたのは日本で、2018年の発売から1年後の2019年ごろ、M5Stackの世界売上に占める日本の割合は約35%あり、圧倒的な最大市場でした。その後、日本での売上も毎年伸び続けています。しかし、2024年のEspressifによる株式取得あたりから、海外市場が急速に拡大し、世界全体の売上は毎年ほぼ倍増に近い成長を続けています。その結果、日本の割合は現在15%以下になっています。
日本でM5Stackが売れなくなったわけではありません。日本も伸びているのですが、世界の伸びが激しすぎるのです。
そしてここ数年、M5Stackシリーズ全体でもっとも多く圧倒的に売れている製品が、Cardputerシリーズです。 (日本ではM5Stack Basicが1位だが、Stick Cなど2位グループとの差は僅差。Cardputerシリーズは海外で圧倒的に売れていて、日本市場は今も独自のマーケットではあります)
用途が決まっていないのに売れた
Cardputerは、ESP32-S3、画面、56キーのキーボード、バッテリー、microSDカードスロット、スピーカー、マイク、赤外線送信機などを、カードサイズの筐体にまとめた製品です。

一般的なパソコンの代わりにはなりません。それでも英語圏では、単なるESP32開発ボードではなく、Cyberdeck(様々なSF作品に登場する、画面やキーボードを備え、用途や外観を自分で作り込む小型コンピュータを総称してこう呼ぶ)、ポケットコンピュータ、PDA、セキュリティ学習端末、ゲーム機などとして受け入れられています。
通常のM5Stack製品は、
作りたいものがある → 必要な製品を選ぶ
という順序で購入されます。
Cardputerは逆です。
この小さなコンピュータが欲しい → 買ってから何に使うか考える
専用コミュニティのr/CardPuterでは、ゲーム、独自OS、BASIC、通信、PDA、セキュリティツールなど、さまざまな作品が日々公開されています。
Redditでも盛り上がっていて、「理由はないが欲しい。買うための用途を考えてほしい」という投稿や、「ハッキング以外の日常用途は何があるのか」という質問に多くのレスがついています。用途が決まっていないことが、欠点ではなく魅力になっているのです。

これを買う理由をくれ!誰か背中を押してくれ!と背中を押しあう海外のギークたち。沼に落とす・引きずりこむカルチャーは世界で共通なんですね
基板ではなく「完成したコンピュータ」に見える
Cardputerが売れた最大の理由は、電子基板ではなく、買った瞬間から「コンピュータ」に見えることだと思います。
画面、キーボード、音声、バッテリーが一つの筐体に収まり、追加工作をしなくてもすぐに触れます。Raspberry Pi Official Magazineのレビューでも、これらの機能が小型の一台にまとめられている点が紹介されています。
Cardputerは、その外観も魅力のようです。2023年にHacker Newsで最初に話題になったスレッドでは、Cybikoの(2000年ごろのポケベル的な端末)ようなレトロな携帯コンピュータ、Wi-Fiトランシーバー、ホームオートメーション端末などの可能性が語られました。海外ユーザはIMEが不要なので、ポメラ的な邪魔の入らない書き物端末として使っているユーザもいるようです。
別のCyberdeckについてのHacker Newsの議論では、Cardputerの派手な文字、少し古風な筐体、用途の分からない機能、ブリスターパックまで含めて「別世界の1988年のコンビニで売っていそう」と評されています。
つまりCardputerは、性能表を読む前から「何か面白いことができそうだ」と伝わる製品なのです。
ファームウェアを着替えるコンピュータ
Cardputerの人気を支えているのが、ユーザーコミュニティが作った大量のファームウェアです。
代表的なプロジェクトには、次のようなものがあります。
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Awesome M5Stack Cardputer:ゲーム、OS、通信、エミュレータ、開発環境などを集めたリンク集
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Launcher:複数のファームウェアを検索・導入するためのランチャー
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Bruce Firmware:Wi-Fi、Bluetooth、赤外線などを学ぶセキュリティ系ファームウェア
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Cardputer関連のGitHubプロジェクト:GPSロガー、ゲーム、キーボード、リモコン、独自OSなどの実例
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Raspberry Pi Official Magazineのレビュー:ハードウェアの長所と限界を含む詳しい評価
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2画面Cyberdeckへの改造例:Cardputer ADVに追加画面と3Dプリント筐体を組み合わせた小型コンピュータ
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2画面Cyberdeckの制作動画:実際の組み立てや動作が分かる動画
GitHubのCardputerトピックには、Bruce、Beryllium OS、ゲームボーイエミュレータ、GPSロガー、Bluetoothキーボード、マクロキーパッドなど、多様なプロジェクトが登録されています。
Launcherを使えば、自分で一からプログラムを書かなくても、さまざまなファームウェアをCardputer上で試せます。Cardputerは、一つの用途のための完成品ではありません。
ファームウェアを着替えるたびに、別のガジェットになるコンピュータ
として使われています。
Bruceなどのセキュリティ関連機能は、必ず自分が所有・管理する機器やネットワークで試してください。また、CardputerにはSub-GHz無線、NFC、RFIDなどが標準搭載されているわけではなく、Flipper Zeroの完全な代替ではありません。
コミュニティが用途を発明する
Cardputerには、誰にでも分かる一つのキラーアプリがあったわけではありません。
画面とキーボードを備えた完成品らしい外観、手を出しやすい価格、ESP32として自由に開発できる余白。そして世界中のユーザーが、ファームウェアや改造方法を次々に公開するコミュニティがありました。
つまりCardputerは、M5Stackだけが完成させた製品ではありません。
コミュニティが今も用途を発明し、完成させ続けているプラットフォームなのです。
日本ではM5Stackを、IoTの試作、センサー表示、教育、企業のPoCなどに使うことが多いと思います。しかし世界では、「まず触ってみたい小さなコンピュータ」として、新しいユーザーをM5Stackの世界に呼び込んでいます。
スタックチャンは日本から始まった、コミュニティ主導のプラットフォームですが、日本メイカー界とあまり関係ないところでCardputerがコミュニティ主導で盛り上がっているのは、世界どこでもギークの間で共通する分化がありそうでおもしろいです。
Cardputerを買ったら、最初から立派な用途を考える必要はありません。
まず世界中のユーザーが作ったファームウェアをいくつか試し、そこから自分だけの使い道を考え始める。その過程自体が、Cardputerの楽しみ方なのだと思います。
M5Stack Cardputer Adv(M5StampS3A付属)
スタックチャンでは、ついに中国国内ユーザ(もともとは世界シェア10%もない)も大量に購入をはじめました。「海外で有名になると中国国内でも売れ始める」というフェーズにM5Stackも入り始めたのかもしれません。面白い活用事例が世界から集まるようになるのを期待しています。